たとえば、一日に数十種類の食品を摂取することは、たしかに望ましいことではあるかもしれないが、作る側の負担を考えれば異常な事態であるともいえる。その結果、共働き家庭や、夫婦による対等な家事分担を志向するカップルにとっては、男性の家事能力の低さもさることながら、求められる水準の高さが大きな障壁となっている。もちろん、夫婦や家族の了解のもとに、その家事水準を抑えていくことも可能かもしれない。しかしその場合、男女の賃金格差や、家事・育児に関するジェンダー規範、そして何より、家族的責任を果たすことが愛情であるとする認識が、大きく立ちふさがることになる。
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これに対して、シェアでは家族間にあるような愛情規範とは無関係に、自分たちの負担可能なレベルにまで家事のレベルを切り下げることができる。当然といえば当然のことだが、自分たちで分担できる以上のことを望むのは、不可能であるだけでなく馬鹿げているからだ。これを山田に倣って「家事のデフレーション」と呼ぶならば、他人同士のシェアにおける家事水準の低下の理由は、家族的愛情によるインフレーションから解放され、個人が分担可能なレベルに引き下げられた結果と考えることもできるだろう。